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空き家を活用して新しい価値をつくる

アメリカの不動産流通システムの実情(分業、不動産データベース、住宅検査など)

 2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第2章 アメリカ 空き家の発生を抑える不動産流通システム」から、アメリカの不動産流通システムについてまとめます。著者は一般財団法人不動産適正取引推進機構研究理事兼調査研究部長の小林正典さんです。以下、黒字強調は筆者によります。

各専門家の分業体制、不動産データベースの整備、住宅検査の普及

 アメリカでは近年持ち家率が減少していることや、空き家率が約10%で推移していること、 テクノロジー産業の集積等により住宅価格高騰が続く地域とそうではない地域とで住宅市場が二極化していること、などを前回書きました。今回は具体的にアメリカの不動産流通の仕組みをまとめます。

 まずアメリカでも1970年以降、住宅需要が急増し、産業界が主導して不動産流通システムの議論がなされ1990年代に確立されました。一つの住宅取引に不動産エージェントや住宅検査人(ホーム・インスペクター)、住宅ローンアドバイザーなど複数の専門家が関わること、MLSという不動産データベースにより物件情報の整備・提供の充実を図っていること、住宅検査の検査基準や資格制度が普及している、などが日本の住宅流通システムとの大きな違いです。

≪2住宅市場を支える不動産流通システム≫

  • アメリカの不動産流通システムは、産業界が主導する形で、住宅需要が急増した1970年以降、本格的に議論され1990年代に確立された

≪2  住宅市場を支える不動産流通システム>1  住宅取引の活性化>(1)取引の中立化を図るエスクロー業務≫

  • アメリカでは一つの住宅取引に複数の専門家が関与する
  • 売主、買主それぞれの代理人は、売却相談、物件探索、現地確認、交渉業務、契約書案の作成、重要事項説明等を行い、契約締結を遂行する
  • 日本との違いは、契約成立後、エスクロー会社が買主から手付金の預託を受け、残金決済、譲渡証書の引渡しまでを行う点
  • 不動産売買契約時に取り交わす指示書の履行確認、手付金等の資金の管理、最終残金の決済を行うサービスを業として行うことをエスクロー業務と言い、その業務を行う会社に対しては中立的な第三者として取引の安全性、公平性を担保するために州政府のライセンスを取得することが義務付けられている

≪2  住宅市場を支える不動産流通システム>1  住宅取引の活性化>(2)住宅取引を効率化する事業者間連携≫

  • 住宅取引件数の拡大、不動産流通の効率化・活性化を図るために、1990年代以降、全米不動産協会が、連邦政府・議会、消費者団体らと連携しながら、透明性の高い安定した住宅供給システムを構築してきた
  • アメリカの住宅取引は主に、日本の宅地建物取引士に当たる不動産エージェントが売主・買主の代理人として契約を成立した後、エスクロー、住宅検査人(ホーム・インスペクター)や住宅ローンアドバイザー、不動産鑑定士、権源保険会社といった各専門家との分業・役割分担により、物件の引渡しが効率的に進められる

「世界の空き家対策」(学芸出版社)51ページ

≪2  住宅市場を支える不動産流通システム>1  住宅取引の活性化>(3)透明性の高い取引を維持する不動産情報データベース≫

  • 住宅取引における物件情報の整備・提供の充実は、売主にとっては自分の物件をより多くの人に見てもらえることで販売機会の拡大につながり、買主にとっては効率的に市場にある物件情報を見つけられるため購入機会の拡大につながる
  • 加えて、不動産業者にとっては、営業区域の情報をすべて把握することで営業機会の拡大につながる
  •  それを全米各地で可能にしているのが、「マルティプル・リスティング・サービス(Multiple Listing Services:MLS)と呼ばれる不動産データベース
  • MLSの情報項目・仕様・運営方針はRETS(Real Estate Transaction Standard)という標準フォーマットにより統一化されており、RESO(Real Estate Standard Organization)という組織が制定している
  • さらに、MLSは不動産エージェントの営業支援を行う民間会社でもあり、事業者教育、契約書の標準化、事業者に対する住宅取引ルールの遵守の徹底にも取り組んでいる
  • 物件の囲い込み(ポケットリスティング)の禁止、物件情報のステイタス管理(取引の進行状況を公開すること)、誇大広告の取り締まり等を実施することで、透明性の高い住宅取引を維持する役割を果たしている

≪2  住宅市場を支える不動産流通システム>1  住宅取引の活性化>(4)不動産エージェントの教育システム≫

  • 不動産エージェントは必ずブローカー(不動産会社)と所属契約を結んでおり、ブローカーの支援を受けながら業務を遂行している
  • ブローカーは、共通契約書様式の変更や法令改正、統計に関する情報等を提供することに加え、エージェントの教育も盛んに行なっている
  • 購入希望者に対する売買価格比較分析の作成や各専門家とのネットワークによる質の高いサービスの提供が従来以上に求められるなか、エージェントの教育は欠かせない

≪2  住宅市場を支える不動産流通システム>1  住宅取引の活性化>(5)不動産鑑定における適正な評価システム≫

  • アメリカの住宅取引において、取引の効率化に大きな役割を果たしているのが不動産鑑定士
  • 土地建物評価をより正確に行うことが要請された1980年代後半以降、各州の不動産鑑定会社が中心となって不動産鑑定士の資質向上を目指して州の資格制度が導入された
  • 不動産鑑定士の鑑定作業を支えているのが先述のMLS
  • 各地域のMLSから建物の減価に関する情報や近傍類似物件の成約価格情報を入手することにより、鑑定評価業務の効率化が実現されている

≪2  住宅市場を支える不動産流通システム>1  住宅取引の活性化>(6)住宅検査(ホーム・インスペクション)の普及≫

  • 1976年、差し押さえ物件の価値を見極める目的でアメリカ建物検査協会が設立され、建物検査に関する制度が策定された
  • 住宅分野では、1990年代後半には各州で住宅検査(ホーム・インスペクション)の制度化が進められ、2001年からは検査基準や資格制度が普及している
  • 現在、30州以上で制度化され、住宅取引の促進に貢献している
  • 検査は通常、契約成立後に、買主側の不動産エージェントの紹介を受け、買主立会いのもと実施される
  • インスペクター(検査人)は建物全般を詳細に調査し、瑕疵や問題箇所をすべて見つけることを前提としておらず、州が定める最低基準項目についてのみ2〜3時間程度でチェックを行う
  • インスペクターは、検査結果を踏まえてレポートを作成し、それをもとに買主が最終的な契約の判断や修繕すべき箇所の確認を行う
  • 加えて売主が買主側に示す物件状況の告知書の内容も踏まえて、契約を最後まで履行してよいかどうかを検討できる制度となっている
  • インスペクターによる修理・工事の禁止、不動産エージェントとの癒着禁止といった規定も定められ、教育制度も充実し、買主が安心して既存住宅を取得できる環境が整えられている 

アメリカで空き家の発生が抑制されている8つの要因

 著者である小林正典さんによると、2012〜16年に調査研究を行なったワシントン州での住宅取引制度を踏まえると、空き家の発生が抑制されている要因を8つに集約できると書かれています。

  1. MLSにより各地域の住宅情報が網羅的に整備され情報の即時性・正確性が確保されている
  2. 住宅取引における分業化・役割分担が明確化されている
  3. 各専門家に配分される手数料(フィー)が確保されている
  4. 建物の減価の評価が適正にできる鑑定評価制度が普及している
  5. 契約成立後に残代金の支払い、精算管理、契約条件の確認、権原調査等の総合調査作業を行うエスクローシステムが普及している
  6. 過去の不動産契約履歴、契約・決済に関する全情報を網羅的に管理する権原保険会社が民間版法務局の役割を果たし、権原の瑕疵の確認、契約後の紛争防止に貢献している
  7. 住宅検査(ホーム・インスペクション)の活用・普及が買主の保護につながっている
  8. 各専門家(民間事業者)の役割・機能を地域の不動産協会が認め、連携をよびかけることで、不動産取引ルールの遵守の徹底、事業者教育の充実化が図られ、不動産流通システム全体を円滑に機能させている

不動産総合データベースの本格稼働に期待、ホームインスペクションの浸透はまだまだこれから

  アメリカの不動産流通システムから学べること、応用できることは少なくありません。特に不動産データベースであるMLSや住宅検査(ホーム・インスペクション)などは日本でも同様の制度が構築中、運用開始していたりします。
参考記事→中古住宅の価値が市場で正当に評価されるようにするために必要な3つのこと

 物件の過去の取引履歴情報やマンション管理情報、周辺の地価公示などの価格情報、ハザードマップや公共施設などの周辺環境情報などの情報をワンストップで見ることができる不動産総合データベース自体は完成しているけれど稼働はまだという状況。

 中古住宅の売買に関して、宅地建物取引業法の一部改正により2018年4月から宅建業者に告知・斡旋することが義務化された建物状況調査(インスペクション)はまだまだ浸透していない。

 など、発展途上ではありますが方向性自体は良いので軌道修正しつつ前進していければいいです。

世界の空き家対策

世界の空き家対策

  • 作者:米山 秀隆/小林 正典
  • 出版社:学芸出版社
  • 発売日: 2018年08月31日