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空き家を活用して新しい価値をつくる

ドイツの空き家対策(管理不全対策、利用不全対策、エリア再生策)

 2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第3章 ドイツ 公民連携で空き家対策からエリア再生へ」から、ドイツの放棄不動産(空き家)対策についてまとめます。著者は東京都市大学環境情報学部教授の室田昌子さんです。以下、黒字強調は筆者によります。

管理不全、利用不全、エリア全体が抱える問題への対策 

 ドイツでは空き家、つまり放棄不動産を管理や利用面で問題のある不動産という広い意味で捉えています。放棄不動産対策としては、管理不全、利用不全、エリア全体が抱える問題という状態への対策となります。 

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>1  放棄不動産の定義と対策≫

  • 連邦環境・自然保護・建設・原子力安全省では、空き家を「放棄不動産」と位置づけ、2014年にその問題を取りまとめて報告書を出している
  • 放棄不動産については、建物の利用や状態に関して、①都市開発目標や都市計画要件、住宅政策目標に適合していないこと、②危険状態にまでは至らないが、利用や管理などで住宅監視法や建設法典の不良や欠陥に該当するなどの問題を有するもの、③公的安全性や秩序に脅威を与え、危険防止から介入を必要とするもの、と定義されている
  • つまり、放棄不動産は管理面や利用面で問題のある不動産を広く対象としている
  • ドイツの放棄不動産への対策としては、①個別建物に関するものと、②エリアに関するものの2つに大別できる
  • さらに、①個別建物については、(a)管理不全状態への対策、(b)利用不全状態への対策の2つに分けられる
  • ②エリアについては、放棄不動産の集中、老朽化や衰退、地域の環境悪化といったエリア全体が抱える問題に関する対策

「世界の空き家対策」(学芸出版社)85ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)85ページ

住宅所有者に明確な管理義務

 ドイツでは永続的居住権法という法律により、住宅所有者に建物の適切な維持管理を義務付けています*1。管理不全になった場合の対策は建物の状態に応じて2段階あります。

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>2  個別建物に関する対策>(1)管理義務と管理不全対策≫

  • ドイツでは所有権がまず土地に存在し、建物所有権は土地に付随するものとされており、集合住宅所有権と永続的居住権法(以下、WEG)に集合住宅の所有権が規定されている
  • 民法において賃貸する建物について適切な状態で賃借人に賃貸することが義務付けられている
  • WEGで住宅所有者が住宅建物を適切な状態に維持する義務を負っていること、共有財産について維持修繕、管理、費用負担の義務があることが定められている
  • また、所有者の管理組織の設置や運営管理方法、管理者の維持管理や修繕、近代化に対する義務についても規定されている
  • 建物の管理不全の問題については、建物の状態に応じて2段階に区分して対策が講じられている
  • 近代化や修繕で建物の不良や欠陥の状態が排除できる場合には「近代化命令・修繕命令」、できない場合には「取り壊し・除去命令」が出される

管理不全の状態によって2段階のアプローチ

 日本の空き家対策特別措置法(以下、空き家法)第12条に挙げられている、市町村による所有者に対する適切な管理の促進策は、情報の提供、助言、その他必要な援助、という緩やかなアプローチです。一方ドイツでは、近代化命令・修繕命令という強制力を持ったアプローチにより空き家の修繕や改修を促します。修繕や改修をしても空き家の不良や欠陥を補得ない場合は取り壊し・除去命令というアプローチになります。これは日本でも空き家法第14条で代執行も含めて特定空き家等に対する措置を定めており、似ています。

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>2  個別建物に関する対策>(2)近代化命令・修繕命令≫

  • 近代化命令・修繕命令とは、この命令を出すことによって建物の不良や欠陥を除去できる場合に、建物所有者に対して建物の近代化や修繕を命ずるもの
  • ただし、命令は都市計画上必要がある場合のみ実行可能とされており、どこでも命令できるわけではない
  • 建物の近代化とは、省エネ・節水などの環境性能の向上建物価値の向上のための修繕や改修を指しており、ドイツ民法典に規定がある
  • 費用については、原則として所有者が負担する
  • その額は、近代化措置や修繕措置の実施後に建物を使用して継続的に得られる収益を考慮して算定される

 ≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>2  個別建物に関する対策>(3)取り壊し・除去命令≫

  • 建設法典では、不良または欠陥状態にある建物で、近代化や修繕によって建物の不良や欠陥を排除できない場合に、市町村が土地登記簿に登記された者、または登記によって保全された権利を有する者に対して建物の全部または一部を取り壊すことを義務づけられることが規定されている
  • ただし、居住者が適切な代替空間を適切な条件で利用できる場合にのみ実施が可能
  • 費用については、取り壊し・除去によって見込まれる利益まで所有者が負担しなければならない
  • 逆に除去によって不利益が発生した場合には、市町村が適切な補償を行わなければならない
  • 取り壊し・除去命令によって所有者が土地を維持することが経済的に期待できない場合には、市町村に買い取りを請求できる

利用不全に対する規制

 管理不全以外にも利用不全に対しても規制を加えていきます。州ごとに住宅監視法という法律で規制されています。土地の売買に際して先買権という権利を市町村が持っているという点も特徴的です。 

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>2  個別建物に関する対策>(4)利用不全対策≫

  • 州によっては住宅の不正利用禁止法などで住宅を住宅以外の用途に利用することが禁じられており、観光客向けの宿泊や商業などの多用途に使用することが制限されたり、さらに空き室・空き家として放置することも規制するケースが見られる
  • 住宅が不足している市町村では、住宅の住宅外利用を許可を受けなければ認められない
  • 適切な利用方法については、建設法典で建設基本計画、土地利用計画、地区詳細計画などの規定と適合させることなどが規定されている
  • 不良や欠陥のある住宅における居住については、州ごとに住宅監視法で規制されている
  • ドイツの市町村は、土地の売買に際して先買権を有することができる
  • 先買権とは、所有者が第三者と売買契約をした場合、所有者は先買権者(市町村)に通知しなければならず、先買権者が先買権の行使を表明すると、先買権者との間に売買契約が成立するというもの
  • 市町村の先買権が成立するのは、①地区詳細計画の指定や都市計画上の事業の目的に従った建築の利用がされておらず、かつ建物に不良や欠陥がある場合、②不良または欠陥がある建物を適切な期間内で除去できない場合、の2つ

点在する空き家を活用してエリアの価値を高める 

 ドイツの空き家対策としてエリア再生に関する対策が豊富であることが特徴的です。人口減少が進むエリア、産業構造変化に伴い衰退した工業地区などは、点ではなく面での対策が有効です。

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>3  エリア再生に関する対策≫

  • 大量の管理不全住宅が集中しているエリアや、地域的な問題が大きいために放棄不動産が多いエリアでは、エリアとしての課題解決が求められる

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>3  エリア再生に関する対策>(1)都市改造≫

  • 「都市改造」は、人口減少下で都市の縮退化が進むなかで、使われなくなった空き家や空き建物を減らすことで老朽化した市街地の価値を向上させることを目的としたプログラム
  • 空き建物・空き地が多く、環境が劣化した市街地の特定エリアを指定して、エリア内の不要建物の解体撤去や建築、老朽住宅の改修・近代化やコンバージョンを行い、空き家を減らすとともに住宅価値の向上を図る
  • 併せて、公共施設の改善やコンバージョン、インフラの改善や適合化、オープンスペース・空き地の改善や再利用などを行い、市街地の環境を向上させる
  • 旧東ドイツ地域及び西ドイツ地域それぞれに「東の都市改造」「西の都市改造」というプログラムが実施されていたが、2017年に一つに統合された
  • この二つのプログラムを合計して2017年末までに1081市町村で導入された
  • 旧東ドイツ地域では都市中心部の劣化が激しく、また巨大な集合住宅団地の空き家化が進み、安全上、衛生上の問題を抱えていた
  • 「東の都市改造」は、これらの都市中心部と集合住宅団地を主要な対象地域として再生を行ってきた
  • 建物を解体撤去し空き家率を減らすとともに、建物の近代化や建て替え行い、若い世代のニーズに即した住宅に改変した
  • 加えて、優れた既存住宅の保全や、公共空間やオープンスペースの充実、使用されていない公共施設や住宅をコンバージョンして福祉施設や教育施設を拡充することで、地域の魅力創出に貢献した
  • 一方、旧西ドイツ地域では、都市中心部、集合住宅団地、産業構造変化に伴い衰退した工業・商業・軍事地区が主要な対象地域であった
  • 居住地や産業拠点の用途転換と再整備、空き地の再利用、集合住宅の解体と建て替え、既存ストックの改善や保全、公共空間の魅力づくりなどを進め、時代の変化に適合した持続可能な都市づくりが進められた
  • このように都市改造は、主として高密度な都市空間を対象に、人口減少の進む地域の価値を向上させつつ空き家を減少させ、老朽化した市街地を魅力的に改造する点が重視されたプログラム
  • 住宅政策と都市計画を一体化して地域の問題解決と魅力づくりを行っている点に特徴がある

「世界の空き家対策」(学芸出版社)90ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)90ページ

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>3  エリア再生に関する対策>(2)社会都市≫

  • 「社会都市」は、老朽化したエリアの価値向上を目的としており、空き家や空き建物のリノベーションと併せて、環境面、社会面、経済面までを統合的に再生するプログラム
  • 特定の対象エリアを指定し、エリア内で多様な取り組みを実行する
  • 2016年末までに441市町村783エリアで導入されてきた
  • 社会都市では、個々の空き家や老朽住宅の改修・活用・除却だけではなく、地域で問題のある公共空間を小規模に改善することで魅力を付加する整備も行われている
  • 例えば、歩道の改善やバリアフリー化、使われてない公園の再整備、ベンチの設置や街灯の整備、地域緑化などがある
  • 加えて、移民の言語対策や居場所づくり、移民を含めたコミュニティの強化、地域の犯罪防止活動、地域活動の活性化、教育等学校の強化、 スポーツ・健康増進、地域の環境と交通の改善、失業者対策、商業活動の強化や新規ビジネスの支援、地区のイメージ改善などを図り、空き家や空き地を利用して、それらは相互に結びつけて地域を再生していくことを目標としている

「世界の空き家対策」(学芸出版社)92ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)92ページ

≪3 連邦政府の放棄不動産対策ー管理不全・利用不全・エリア再生>3  エリア再生に関する対策>(3)都市開発のための民間イニシアティブ≫

  • 「都市開発のための民間イニシアティブ」のプログラムとしては、「BID」や「HID」が挙げられる
  • 不動産所有者が費用の負担をして特定地区において環境改善を行うもの
  • BIDは商業地で空き店舗対策を含めて活性化対策を行い、商業環境の改善や経営・広報戦略、テナントマネジメントなどを一体的に実施し、地域の価値向上を図る方法
  • HIDは集合住宅地等で空き家を含めて環境整備は地域再生を行うプログラム

 他にも、都市の中心部で衰退し空き建物が多数存在するエリアで、住み、働き、 生活する機能を回復させることを目的としている「都市・地区中心地活性化プログラム」や、人口減少や高齢化が進む中小の市町村で、維持できなくなった公共施設や、増加する空き建物を再生させるプログラムである「小規模市町村ーローカル協力・ネットワーク」、公共空間や空き地、低利用の建物などを活用し、都市における質の高い緑化や生物多様性の確保、自然体験の場づくりを行うものである「未来の都市みどりプログラム」 、などがある。

世界の空き家対策

世界の空き家対策

  • 作者:米山 秀隆/小林 正典
  • 出版社:学芸出版社
  • 発売日: 2018年08月31日

*1:なお日本では、空き家対策特別措置法の第3条で、空き家等の所有者等の責務を定めています