ドイツから学ぶべきなのは住宅市場と住宅政策の連携のプロセス
2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第3章 ドイツ 公民連携で空き家対策からエリア再生へ」から、ドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州に属する工業都市であるヴッパータール市におけるスクラップ不動産対策と住宅アクションプログラムについてまとめます。著者は東京都市大学環境情報学部教授の室田昌子さんです。以下、黒字強調は筆者によります。
スクラップ不動産≒特定空き家
前回主にまとめたノルトライン・ヴェストファーレン州に属する工業都市であるヴッパータール市では、人口減少、高齢化、高い失業率に見舞われています。空き家率は5.7%。周辺環境に悪影響を与えている「スクラップ不動産」や「問題不動産」に対して、除却解体といった対応を取っています。全て不動産ごとにカルテ化されデータベース化されています。除却解体費用は必ずしも所有者から徴収できているわけではありません。こういったことは日本の空き家対策特別措置法における特定空き家への対応と似ています。
≪5 ヴッパータール市のスクラップ不動産対策と住宅アクションプログラム>1 人口と空き家の現状≫
- ヴッパータール市は、ノルトライン・ヴェストファーレン州に属する工業都市
- 人口減少が著しく、1963年に42万3千人だった人口が2011年には34万3千人にまで減少している
- その後減少がとまり、2016年12月時点では35万2千人に増加している
- 一方、65歳以上の高齢者率が21%と高齢化が進展
- 失業率が約12%と高い
- 2011年のセンサスによると、市内の住戸総数は19万4千戸であり、そのうち空き家が1万1千戸を占めている
- 空き家率は5.7%
- 住宅の平均面積は79.4㎡と州の平均90.6㎡よりもかなり狭い
- 1949年以前に建てられた住宅の割合は18.3%で、州の平均(2013年、マイクロセンサス)を下回っている
≪5 ヴッパータール市のスクラップ不動産対策と住宅アクションプログラム>2 スクラップ不動産・問題不動産対策≫
- ヴッパータール市では、3年以上空き家として放置されている住宅や、市民から通報があった住宅について現地確認を行い、周辺環境に悪影響を与えているかを把握しており、それらを「スクラップ不動産」と「問題不動産」に区分している
- 市では「スクラップ不動産」を特に劣悪な状態のものとし、①老朽化した放棄不動産、②長期間の空き家、③根本的な改修か除却が必要なもの、④周辺環境に悪影響を及ぼしているもの、と定義している
- 「問題不動産」は、①構造的な欠陥があるもの、②部分的か全体的に空き家となっているもので、専門家が判定する
- 市内には2014年時点で109件、2017年時点で165件の問題・スクラップ不動産(解決済みを含む)があり、すべて不動産ごとにカルテ化されデータベース化されている
- ヴッパータール市では、特に問題のあるスクラップ不動産を10件選定して集中的に問題解決にあたってきた
- 選定条件は、状態がひどいこと、立地上目立つ場所にあり景観に重大な問題を引き起こしていること
- 近年は、特にワースト10に限らず他のスクラップ不動産についても解決できるものから解決するという姿勢に転換している
- その理由には、ワースト10の所有者が市内に居住しておらず連絡がとれないことや、まったく協力しないこと、破産しているなどの理由で進展が難しいものが多いことが挙げられる
- その結果、2013年から2017年までに65件のスクラップ不動産を除去してきた
- しかし、これらの除却解体費用は、必ずしも所有者から徴収できているわけではなく、州やEUからの費用で補填している
- スクラップ不動産への対応は、市の都市開発担当、建築法規担当、建設業務担当、などの市職員と外部の不動産専門家などで構成されるスクラップ不動産対策ワーキンググループで行ってきた
- 併せて、州の住宅監視法が2014年に施行されて以来、設備的にも構造的にも衛生的にも人間の居住環境として不適切な住宅を対象として、市では住民に対して問題を相談することを呼びかけてきた
- その結果、3年間で500件を超す住宅に関する苦情が寄せられた
- これらの苦情については市の住宅監視担当が対応し、まずは賃借人が欠陥箇所を所有者に報告することを義務づけている
- その後改善されない場合には、市の住宅監視担当が該当住宅のチェックを行い、欠陥箇所について所有者に直ちに是正するように命令を行う
- それでも改善しない場合には罰金を課して、さらに改善を命令する
- 苦情が寄せられてから決着するまで概ね半年程度の期間がかかっているのが現状
空き家の実態把握をした上で住宅政策を進める
特徴的なのが空き家の実態把握を重要視している点です。電気の使用量から空き家件数を把握しています。空き家分析報告書を作成している点も力の入れようを感じます。そしてこうした空き家の実態把握を踏まえてヴッパータール市住宅アクションプログラムを策定しています。
2025年に空き家率が大幅に上がることを想定して人口減少を前提に、どんな種類の新築住宅をどれだけ作ればいいかを検討しています。そして政策を進めるに当たって市が主導するのではなく、事業者や利害関係者が初期段階から連携して作り上げていくプロセスが特筆されます。
≪5 ヴッパータール市のスクラップ不動産対策と住宅アクションプログラム>3 空き家の実態把握と住宅アクションプログラム≫
- ヴッパータール市では、住宅政策を進めるうえで空き家の実態把握を重要な取り組みと位置付けている
- 電気の使用量から空き家件数を把握し、1年間で200キロワット未満の世帯を抽出することで独自に調査を実施し、2007年、2015年に空き家分析報告書を作成している
- この調査によると、2006年の空き家率が4%であったのに対して、2013年には空き家戸数1万2950戸、空き家率6.6%で、7年間で2.6%増加している
- また、集合住宅の方が1戸建て・2戸建てよりも空き家率が2倍ほど高い
- ヴッパータール市では空き家の実態を把握したうえで、2009年に「ヴッパータール市住宅アクションプログラム」を策定した
- 空き家に関しては、現時点で危機的状況には至っていないが、2025年には14%を超える見通しであるという認識を示したうえで、人口減少を前提として、そのような状況下で新築住宅を提供すべきか、新たに必要な住宅はどのようなものか、地域の魅力や生活環境の価値をどのように向上していくかといった戦略が検討されている
- 新築住宅の政策については、新築戸建ての件数は過去の推移から年間200戸程度と見込まれている
- 今後もこの程度の新築が必要であり、特に高品質の分譲住宅が必要であるとする
- 一方、集合住宅では空き家が多く、量的には新築は必要ないものの、若年層の世帯向け住宅や高品質の住宅を重点的に年間200戸の供給が必要であると予測する
- ニーズのある住宅としては、インフラが整備された利便性の高い地域での立地、高品質の独立型住宅や賃貸型コンドミニアム、もしくは庭付きの分譲型郊外住宅が挙げられている
- また、既存住宅の政策では、①エネルギー効率を上げる改修を行うこと、②高齢化への対応としてバリアフリー化などによりアクセシビリティを高めること、③持続が難しい集合住宅等の解体や合併を進めることで量的の調整を行うこと、の3つが掲げられている
- さらにエリア再生プロジェクトとしては、西の都市改造と社会都市のプログラムにより地域の一体的な再整備を行い、地域が抱える問題を根本的に解決する戦略を進めていくことが示されている
- 特に空き家の多いエリアに関しては、都市改造計画と社会都市再生計画を作成し、建物の省エネ化や近代化、除却・解体、立て直しを推進していくこととしている
- こうした各政策は誰が担うのか実施者を明確にし、行政の関与の仕方が示されている
- これらの政策を進めるにあたって、自治体、住宅関連企業、開発事業者、利害関係者らが各検討段階で協議を行った上で、目標についての投票を行い同意を形成するプロセスが取られている
- それにより、空き家の実態や住宅ニーズに関する情報を関係者間で共有しつつ土地所有者や民間企業と連携していくことが可能となり、官民協働で取り組みを推進していくことにつなげている