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空き家を活用して新しい価値をつくる

地域住民が空き地を取得・再生してエリアの価値を高めるコミュニティ・ランド・トラスト

 2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第2章 アメリカ 空き家の発生を抑える不動産流通システム」から、アメリカの空き家・空き地を再生してエリアの価値を高める取組であるコミュニティ・ランド・トラストについてまとめます。著者は一般財団法人不動産適正取引推進機構研究理事兼調査研究部長の小林正典さんです。以下、黒字強調は筆者によります。

個人保有の空き家が増加傾向、南部および中西部の州で空き家率が高い 

 アメリカでは需要があり流通性のある不動産に関しては、不動産流通システムが確立されています。一方で、市場価値の低下した放棄不動産の場合は、取得・再生の主体およびその方法が違います。コミュニティ・ランド・トラストとランドバンクという2つの取組が紹介されています。今回の記事ではコミュティ・ランド・トラストについてです。
 まず、アメリカでは全体の空き家率が減少傾向にあるなか、個人保有の空き家が増加傾向にあります。また、住宅取引が活発な北東部、西部の州に比べて南部、中西部の空き家率が高くなっています。

≪3  コミュニティ・ランド・トラストー空き家・空き地を再生してエリアの価値を高める>1  空き家・空き地の増加と地域の衰退≫

  • 近年多くの主要都市で住宅取引が加熱しているアメリカでは、住宅の価格高騰が見られる一方で、地域経済の衰退人口減少等に伴い、空き家・空き地、廃棄された不動産が増加している地域が2000年代に急増した
  • そのような地域では、治安の悪化が進行しているほか、供給過剰による住宅価格の下落が生じ、権利関係が複雑になった不動産や荒廃し解体が必要な建物が放置される等により地域に悪影響を及ぼしている
  • 税滞納不動産の隣接不動産は、1戸あたり平均7200ドル(約80万円)の減価があり、全米で2009年だけ6950万戸の住宅に影響があり、その総額は50兆円を超えるとも試算されている
  • 全米の空き家率の内訳を見ると、個人が保有したままで放置されている「その他空き家」が5〜6%で推移しており、全体の空き家率が減少傾向にあるなか増加傾向にある

「世界の空き家対策」(学芸出版社)58ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)58ページ
  • また、地域別の空き家発生状況を見ると、全米平均に対して南部および中西部の空き家率が高い
  • 取引が活性化している北東部、西部の州に比べて圧倒的に空き家が多く発生している

「世界の空き家対策」(学芸出版社)58ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)58ページ

必ずしも法的根拠に基づかない組織であるコミュニティ・ランド・トラスト

 コミュニティ・ランド・トラスト(以下、CLT)は住民が主導して地域の空き家・空き地を取得、管理運営し、エリアの価値を高める活動を行うNPOです。CLTは必ずしも法的根拠に基づかない組織である点で、次回記事でまとめるランドバンクとは異なります。全米各地で260を超えるCLTが組織されています。
 地域住民が主体となって活動していることが特徴です。10人弱での運営が多く、活動の財源は再生不動産の運営収益・手数料が一番多く、次に連邦政府補助金、となっています。

≪3  コミュニティ・ランド・トラストー空き家・空き地を再生してエリアの価値を高める>2  地域住民主導の組織と運営≫

  • CLTは、住民の代表として地区内の空き家・空き地を取得、管理運営し、当該地区の価値を高める活動を行う非営利団体
  • CLTは、必ずしも法的根拠に基づかない組織である点で「ランドバンク」とは異なる
  • 自治体主導の組織もあるが、非営利で活動を展開している組織も多い
  • 現在、全米各地で260を超えるCLTが組織されており、そのネットワークが拡大している
  • 国内初のCLTは、ジョージア州のアフリカ系アメリカ人の市民活動家グループによって1968年に創設されたニュー・コミュニティ株式会社で、同州リーズバーグ郊外の5000エーカー以上の農地と森林地域に設立された
  • リンカーン・ランド・インスティテュートの調査報告書によると、1970年代には4団体しかなかったCLTが、80年代以降増加し、特に2008年の経済危機以降急速に増えている

「世界の空き家対策」(学芸出版社)61ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)61ページ
  • アメリカのCLTの特徴としては、地域の個人もしくはコミュニティ主導で設立されたものが多いことが挙げられる
  • また、地域外の組織・会社や地方自治体が主導するものも半数近くあり、設立・運営のパターンも多様

「世界の空き家対策」(学芸出版社)61ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)61ページ
  • 組織の規模としては10人弱の体制で運営されているものがほとんどであり、65%のCLTでパートタイム職員を雇っている
  • 活動の財源は多様化しており、大半のCLTで複数の収入源が確保されている

「世界の空き家対策」(学芸出版社)61ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)61ページ
  • 全米各地でさまざまな組織形態があるCLTであるが、その活動は短期的視点での空き地・空き家の再生にとどまらず、長期的な視点で定期借地・借家契約締結により再生・再販売を進め、エリアの価値を高める活動を行なっている点では共通している

半数以上の空き地を再生

 代表的なCLTの活動によると、エリアの3分の1が空き地となってしまったことにより粗大ゴミの不法投棄が問題化していた地域における空き地の清掃とゴミ捨て防止キャンペーンが活動のきっかけとなっています。その後、活動を広げ市から空き地に対する土地収用権が付与されることになります。この土地収容権を使って空き地を取得・再生し、手頃の価格の住宅であるアフォーダブル住宅を供給し、エリアの価値向上に取り組んでいます。
 当初あった空き地の半数以上が住宅やコミュニティガーデン、コンサートホールなどに生まれ変わっています。地域住民自らが自らの住むエリアを再生する取組として日本でも応用できそうです。

 ≪3  コミュニティ・ランド・トラストー空き家・空き地を再生してエリアの価値を高める>3  ダッドリー・ストリート地区イニシアティブによるエリア再生≫

  • 代表的なCLTの事例として、ボストン市でまちづくり活動を行うNPO団体「ダッドリー・ストリート地区イニシアティブ」(DSNI)の活動を紹介する
  • DSNIには不動産開発及びまちづくりの実行部隊が存在し、DSINと一体となったCLTとして「ダッドリー地区まちづくり会社」(DNI)が設立されている
  • DNIには地区内の空き地に対する土地収用権が付与されている
  • この権限を活用して空き地を取得・再生し、手頃な価格の住宅(アフォーダブル住宅)を供給していくことで地区の再生を推進している
  • かつて、この地区には面積にして約3分の1、1300カ所以上の空き地があり、粗大ゴミの不法投棄が問題化していた
  • DSNIは、空き地の清掃とゴミ捨て防止キャンペーンから活動をスタートさせた
  • やがては住民参加でマスタープランを作成したり、様々な政策提言・土地有効活用策の提案をボストン市に行うようになる
  • DSNIが活動の幅を広げていくなか、1988年にボストン市再開発局がDNIを州法に基づく都市再生会社として承認し、地区内の空き地に対する土地収容権を付与した
  • 法的根拠のない任意の会社または団体がCLTの大半を占めるなか、土地収容権が与えられたこのDNIは全米でも稀な事例

「世界の空き家対策」(学芸出版社)63ページ

「世界の空き家対策」(学芸出版社)63ページ
  • DNIの土地収容権の取得に関しては、政府内部、市民からの反発はなかったものの、一部のNPOや企業からは不公平であるとの声も挙がった
  • そこで、DNIでは、投機的な目的による土地所有者の販売・開発から地区全体の利益を守るために、空き地を取得後、当該土地はDNIが所有し、建物のみ入居者が所有する形態を採用
  • 物件管理はDSNIが行うビジネスモデルでアフォーダブル住宅を供給しながら、再開発を推進している
  • DNIの理事会にはボストン市長のほか、州政府からもアドバイザーが参加しており、土地収用権を悪用しないよう監視を行っている
  • DNIがアフォーダブル住宅を開発するメリットは、99年間のリース契約を締結することで当該土地が市場取引価格に左右されることがなくなるため、安価な値段で安定的に住宅を取引できる点にある
  • また、 地区開発のように利益追求型の住宅供給を行うのではなく、持続性の高い住宅を供給・管理していくことを目的に活動を行っているのが最大の特徴
  • 地区の価値向上を目的として公園等の整備も積極的に行い、成果を上げている
  • 現在、DSNIの会員数は3700名以上に達しており、当初1300あった空き地の半数以上が住宅(400棟以上、500戸以上)コミュニティガーデンコンサートホールプレイグラウンド学校コミュニティ施設等に生まれ変わり、ハビタットガーデン(地域の動植物環境保全のための庭)等としても・有効活用されている
  • 空き地活用の計画・設計にあたっては地元大学の学生を積極的に受け入れるなど、若年層のまちづくり教育・人材育成にも力を入れている
  • 同様の動きは、ニューヨークのマンハッタン地区を中心に活動するニューヨーク市コミュニティ・ランド・イニシアティブのほか、西海岸ではロサンゼルス・ダウンタウン地区の南ロサンゼルス・トラストなどに見られ、成果を上げている
  • 成功しているCLTの共通点としては、①地域住民・地区全体が主体的にCLTを組織化・運営していること、②単なる地域再生のボランティア活動ではなく、不動産再生市場の担い手として活動していること、③当該物件の取得に関する権限が付与されていると同時に、多様な財源確保の手段を有しており、継続的に活動できる環境整備が整っていること、が挙げられる
世界の空き家対策

世界の空き家対策

  • 作者:米山 秀隆/小林 正典
  • 出版社:学芸出版社
  • 発売日: 2018年08月31日