2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第4章 フランス 多彩な政策と公民連携による空き家リサイクル」から、フランスの都市であるリールとサンテティエンヌの空き家対策についてまとめます。著者は獨協大学法学部教授の小柳春一郎さんです。以下、黒字強調は筆者によります。
不動産所有者に対する「強制から協働へ」
フランスでは伝統的に空き家対策を「空き家動員」と呼び、空き家税などの強制的なアプローチを取ってきました。しかし最近は、強制的アプローチだけではなく、老朽化により現状では利活用が難しい空き家を相当の手間をかけて市場に出す「空き家リサイクル」という協働的アプローチも組み合わせることが重要になっています。
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル≫
- 人口や産業の流出に悩む地方都市では、近年、「空き家(の)リサイクル」政策を採用しているところがある
- フランスでは、伝統的に、空き家対策を「空き家(の)動員」と呼ぶことが多い
- 「空き家動員」では、利用可能だが空き家になっている住宅を市場に出すことを重視し、空き家税や徴発のような所有者に対する制裁的・強制的手段が中心になる
- これに対し、「空き家リサイクル」は、老朽化等のため現状では利活用が難しい空き家を主な対象とし、相当の手間をかけ投資・整備を行った後、住宅市場に出す(徴発等の制裁的・強制的手段は、老朽化してそのままでは利用困難な空き家には有効でないから)
- 空き家リサイクルには、所有権・所有者に対する見方の変化という意義もある
- 都市整備・都市計画は、伝統的に、公益を理由に不動産所有権を制限するもの、所有権の絶対性・自由を修正するものと考えられ、いわば所有権敵視を前提としていた
- 空き家税や徴発は、不動産所有者が所有権の絶対性を楯に住宅の供給を拒むことに対する強制的・制裁的手段(それ故、伝統的な所有権敵視的アプローチに近い)
- しかし、最近の調査や都市整備の経験によれば、強制的・制裁的アプローチだけでは不十分
- というのも、空き家の多くは老朽化など物理的問題を抱え、不動産所有者も高齢化、資力の低下、共有などで意思決定が困難な場合が相当の割合を占める
- 空き家リサイクルは、こうした状況下にある不動産所有者と協働しつつ問題を解決するもの(不動産所有者に対する「強制から協働へ」)
空き家問題のカギは所有者にある
20世紀前半まで石炭や鉄鋼、繊維産業で栄えた工業都市であるリール都市圏は1960年代以降に産業の優位性が失われ、GDPの減少、失業者の増加、そして空き家が増加しました。
こうした状況に対して都市整備の専門家集団である地方公共株式会社が活躍しています。荒廃した空き家を改造し付加価値を付けて市場に出すという「空き家リサイクル」の取組はアメリカのランドバンクにも似ています。「空き家問題のカギは所有者にある」と現場の専門家をおっしゃっているように、所有者の高齢化や遺産分割協議の長期化、所有者の不明化など、日本と同じような課題に直面しています。
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル>1 リールの空き家対策≫
- リール市はフランス北部の大都市で、パリから日本の新幹線に相当するTGVで1時間ほどの距離にある
- リールの空き家対策の特徴は、第一に、経済の沈滞に対応していること、第二に、空き家対策について複数の地方公共団体の出資による「地方公共株式会社」が担当し、空き家関連事業のみならず、調査研究も実施するなど専門家を擁していること、第三に、フランスで初めて「1ユーロ住宅事業」を開始したこと
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル>1 リールの空き家対策>(1) リール都市圏の特性≫
- リール市の人口は約22万人(2015年)であるが、リール都市圏は、約108万人の人口を有する
- パリの1200万人の都市圏を筆頭としてフランスで100万人を超える都市圏は八つ程度あり、リール都市圏はその一つ
- リール都市圏は、19世紀後半から20世紀前半に石炭、鉄鋼、繊維産業を中心に繁栄したが、1960年代以降に産業の優位性が失われ地域経済の衰退が起こった
- リール都市圏のフランス全体のGDPに占める割合は、1860年代に5%であったのが、1960年代には8.3%に上昇したが、1995年には再び5%と低下した
- 1960年代以降、繊維産業では13万人の職が失われた
- 2012年の失業率を見ると、フランス全土が9.8%であるのに対し、リールは12.5%、リール都市圏のルーベは15.1%
- 2015年の空き家率は、リールで8.8%、ルーベで11.5%
- また、リール都市圏では、1948年までに建てられた建物が50%以上の割合を占め、4万2千の老朽・荒廃住宅が存在する
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル>1 リールの空き家対策>(2) 空き家リサイクル事業≫
- 2018年に著者は、リール都市圏の都市整備を担う地方公共株式会社である「まちづくり」を訪問
- 「まちづくり」は、2017年現在で43人を雇用している都市整備の専門家集団
- その株式は、リール大都市共同体、リール市、ルーベ市が所有する
- 任務は、旧市街の再整備、それも、市街地再開発型の大規模整備ではなく、街区レベルの再整備
- なお、地方公共株式会社は、2010年法律559号で認められた法人であり、複数の公共団体が100%出資を行って株式会社を設立し、公共事業を行うが、地方公共団体との間で一般競争入札を経ないで特命で契約を締結できる
- 著者は、「まちづくり」で、空き家リサイクル事業を担当するルイ・ミッシェル氏にヒアリングした
- ミッシェル氏によると、「空き家リサイクルという言葉はリールでは比較的前から使われている
- その考え方は、荒廃した空き家を改造し、また付加価値を付けて市場に出せるようにすること
- そもそも、リール都市圏は他の都市圏と異なる特徴がある
- それは、相当数の建物が1950年代以前の産業化の時代に建築されていること
- そのため、維持管理の悪い建物がかなり存在する
- 特にルーベはその傾向が著しい」
- さらに、ミッシェル氏は次のように指摘した
- 「空き家の所有者にもいろいろなタイプがいる
- 居住可能なのに故意に空き家にしているような所有者に対しては、強制的方策が有効
- しかし、所有者が高齢であったり、相続共有などで動きがとれない場合もある
- この場合には、所有者に対する支援が必要になる
- さらに、所有者がその家に愛着を持っている場合もある
- とはいえ、そのために長期間空き家になるのは適切ではないので、所有者と協力関係をつくり、住宅を適切に管理する義務を負っていることを理解してもらう必要がある
- 実際には、所有者の高齢化、遺産分割協議の長期化、所有者の不明化など、さまざまな場合がある」
- リール都市圏の空き家リサイクルの特徴は、「空き家問題のカギは所有者にある」という考えを重視していること
- 所有者が高齢で判断能力を欠く場合のマニュアル、所有者が不明な場合のマニュアルなどが整備されている
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル>1 リールの空き家対策>(2) 1ユーロ住宅事業≫
- 「1ユーロ住宅」または「工事義務付1ユーロ住宅」は、リール都市圏ルーベ(2015年の人口9万6千人)において開始されたプロジェクトであり、2018年3月末日に候補者募集が締め切られた
- この制度は、イギリス・リバプールの「1ポンド住宅」にならって創設され、フランスの都市再生全国機関(ANRU)とも提携し、実験的に開始された
- 著者は、同プロジェクトの担当者リュシー・シャロン氏(「まちづくり」職員)にヒアリングを行った
- 1ユーロ住宅は、大きく二段階、細かくは九つのステップからなる
- 第一段階は、住宅取得者との協定成立までの段階であり、①プロジェクト開始、②候補者募集、③候補者の順位づけ、④付与住宅の決定、⑤協定の締結
- 第二段階は、先の⑤協定の締結から始まり、⑥売買予約、⑦工事特約付売買契約の締結、⑧取得者による工事、⑨工事義務違反特約の解消・失効で終わる
- 2018年3月には、17物件について募集が行われた
- たとえば、61平方メートルのT3(2LDK相当)の物件では、売買価格は1ユーロ(約130円)であるが、一定の工事が義務付けられている
- 工事の費用は、すべて業者に依頼して新しい材料を使えば12万5千ユーロ(約1620万円)だが、購入者の所得が低い場合は住宅改善全国機関の助成が得られ、さらに相当程度の工事を購入者自身が行えば6万8千ユーロ(約880万円)まで圧縮できることが募集書類で明らかにされている
ミドルクラスを呼び戻す
リールと同じように石炭や軍事装備品、繊維産業として栄えたサンテティエンヌ都市圏も1970年代以降の産業構造の転換により失業や地域経済の衰退という問題を抱えます。
サンテティエンヌには旧市街地に空き家が多いことが問題だとして、「ミドルクラスを呼び戻す」ことを主眼においた対策が取られています。
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル>2 サンテティエンヌの空き家対策>(1) サンテティエンヌ都市圏の特性≫
- サンテティエンヌ市はフランス中部の街で、市の人口は約17万人であるが、同都市圏は50万人の人口を擁する
- サンテティエンヌ都市圏は、伝統的な産業都市(石炭、軍事装備品および繊維産業)として繁栄したが、1970年代以降の産業構造の転換に伴い、失業や地域経済沈滞の問題を抱えた
- この点で、リール都市圏と共通する面がある
- サンテティエンヌの2015年の空き家率は12%であるが、市中心部の空き家率が高いこと、集合住宅の空き家が多いこと、空き家の相当部分が1915年以前の建築であり、建物の状況が劣悪であること、3年以上の長期空き家が空き家の3分の1以上を占めること、近年は省エネルギー基準が厳格化され、この基準を満たさない旧来の建物が空き家になりやすいことが特徴
≪3 リール、サンテティエンヌ市の空き家リサイクル>2 サンテティエンヌの空き家対策>(2) 空き家リサイクル事業≫
- 2018年に著者は、サンテティエンヌ市町村間協力公施設法人副事務局長レミ・ドルモア氏にヒアリングを行った
- ドルモア氏は、サンテティエンヌには旧市街地に空き家が多いことを指摘しつつ、「空き家リサイクル」の事業を説明した
- 氏が強調したのは、「ミドルクラスを呼び戻す」という戦略
- ドルモア氏によると、サンテティエンヌでは、中心市街地の建物が老朽化し、しかも所有者が建物に投資する資力を有していないことが多い
- そのため、ミドルクラスが郊外に流出し、中心市街地に一層空き家が増加している
- そこで、ミドルクラスにとって魅力ある街区をつくるため、公園等の公共施設を整備するとともに、住宅改善全国機関との提携などにより、所有者が投資しやすい環境を整え、また、一部の建物については、都市整備局が購入し内部を改良し、現代的な魅力ある住宅として売り出すなどの作業を行っている
- 空き家リサイクル事業の例として、著者は、ジャガール地区ジュール・ルダン通りの4階建て建物のリノベーションプロジェクトを見学した
- ジャガール地区は、ジャガード織機で著名なジョゼフ・ジャカールの名を冠している
- この地区は、19世紀からジャカード織りによるリボンづくりで有名であったが、近年は伝統産業が衰退し、空き家が多くなり、魅力を失っていた
- そこで新たに公園がつくられ、環境整備が行われた
- 著者が見学した同地区内の集合住宅「ラ・リュバヌリ(リボンづくりの意)」プロジェクトでは、19世紀に建築された4階建ての建物(単独所有物件)について、都市整備局が土地・建物を購入→内部を改良工事→区分所有として売却というプロセスが実施されていた
- 建物の外壁を保存しつつ内部の改造が徹底的に行われ、従来の部屋の間の壁も取り壊されていた
- また、バルコニーなども新たに取り付けられた
- この建物は、1階に三つの店舗スペースがあり、そのうち二つが空きスペースであった