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持続可能な住宅制度はつくれるか?

空き家がなぜ増えているのかを調べてみよう特集ということで、第2弾の素材は砂原庸介著「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」だ。 

日本の住宅制度は新築住宅の持ち家が有利

「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」のエッセンスは帯文である以下の一文に込められている。

「どんな家に住むか、完全に自由な選択ができるのか、積み重ねられてきた政治的決定が選択を縛る」

住宅を買う借りるまたは売る貸すという一見個人の自由な選択だとみなされている行為は、政治的決定とその政治的決定を踏まえた個人の選択の相互作用により作り出された「制度」の影響を色濃く受けている。

ここで言う制度とは「公式の法律や非公式でありつつも集団で共有されている明文化されていない規範、受け継がれてきた習慣、先例の蓄積」など、個人の選択の指針(有利)にもなれば制約(不利)にもなるもののことだ。

「制度」が存在することで、個人がどのような行動を取ればよいのかについての指針が生まれる。そのうち、最も厳格に自由の範囲と逸脱への対応を定めたものが公式の法律である。その他にも、厳格さは緩くなるが、集団で共有されている明文化されていない規範、受け継がれてきた習慣、先例の蓄積、といったものも含めて「制度」として考えることができる。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.14

日本の住宅制度は新築住宅かつ持ち家を選択する世帯が有利で、中古住宅の持ち家や賃貸を選択する世帯は不利だ。後述する「取引費用」の観点から優良な賃貸物件の供給が少なく中古住宅市場も未熟である一方、新築住宅の持ち家を取得したい世帯は政府系金融機関による低利融資や住宅ローン減税、固定資産税・都市計画税の一部減免など様々な優遇が受けられるからだ。

そのようにして新築住宅の持ち家を取得した世帯が増えていった。そして新築住宅の持ち家を取得した世帯を支える住宅制度の正統性がさらに強化されてきたのである。

取引費用が足枷になる

金利の低下や将来の土地の値上がり期待などにより多くの人が住宅を建設し市場に多くの住宅が供給されると持ち家の住宅価格のみならず賃貸住宅の家賃も低下するかと思いきや、そうはなっていない。その理由として挙げられるのが取引費用という考え方である。

取引費用とは、経済的な取引が行われるための情報収集や、取引の履行、権利の保護などにかかる費用のことである。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.20

住宅を買う側または借りる側から見ると、住宅の性能や品質について正確な情報を収集するにあたってかかる費用や家具の入れ替え作業などがある。住宅を買うと借りるだと買う方が取引費用が高い。売買そのものや登記にかかる手続き、住宅ローンを組むとなると様々な審査も必要になるからだ。

住宅を売る側または貸す側から見ると、買い手や借り手を見つけるための広告費や滞りなく住宅代金や家賃を支払える買い手や借り手かどうかを見極めることに費やす費用などがある。住宅を売ると貸すだと貸す方が取引費用が高い。借り手との継続的な取引関係を考える必要があるからだ。

以下では貸し手の取引費用が高い要因について掘り下げる。

小さく質の低い賃貸住宅とそれを助長する借り手保護の法律

同じ土地に賃貸住宅を建てるとすれば小さい賃貸住宅よりも大きな賃貸住宅の方が費用がかかる。そのため大きな賃貸住宅の方が空室や家賃滞納のときの損失は大きく修繕にかかる費用も高くつく。滞りなく家賃を支払えたり場合によっては家賃の値上げに応じてくれる借り手を見つけられるならば良いが、なかなかそう都合良くは見つからない。

さらに第二次世界大戦中から強められた借り手の保護をテーマとする法律(借地借家法)の存在が大きい。この法律によって賃貸住宅の貸し手が契約満了を理由に借り手を退去させることや一度契約した借り手に対して家賃の値上げをすることが難しくなった。賃貸住宅経営に対する強い規制が存在することによって一定以上の大きさで質の高い賃貸住宅はなかなか増えないのである。

賃貸住宅の平均面積を国際比較してみると東京42.3㎡、ニューヨーク75.1㎡、ロンドン84.4㎡、パリ71.4㎡と、東京の賃貸住宅の小ささが際立っている。東京では半数近くの賃貸住宅が40㎡未満である。

東京、ニューヨーク、ロンドン、パリの賃貸住宅面積の比較図(出典:愛ある賃貸住宅を求めて:NYC, London, Paris & TOKYO 賃貸住宅生活実態調査) 

取引費用の観点から広く質の高い賃貸住宅は市場に出てきづらい。結果的に、一定以上の広さや質の高い住宅に住むために持ち家を取得せざるを得ないという状況が起きているのである。

中古住宅の質の判断と適正な評価が困難

中古住宅市場が未熟な要因も取引費用にある。買い手側から見ると中古住宅の価格はその質に見合うものなのか、その質を判断するための正確な情報へ手軽にアクセスできるのか、そもそも中古住宅の質を担保する情報は蓄積されているのか、そういったことがポイントとなる。売り手側から見ると中古住宅の資産価値やリフォームやメンテナンスなどの投資が売買価格に適正に評価されるのか、といったことが重要になる。

中古住宅の質の判断や適正な評価が現状ではまだまだ困難であることからそういった取引費用を避けて新築住宅を選択する(しかも新築住宅の持ち家取得は様々な優遇が受けられる)という状況が起きているのである。

これまで住宅を巡る個人の選択は法律や規範、慣習、先例の蓄積などの制度が指針または制約になっていること、取引費用という考え方により大きく質の高い賃貸住宅が市場に供給されず中古住宅市場も未発達であることについて述べた。次は地方自治体の政治制度に目を向ける。

特定地域・団体の個別的な利益が優先される地方議会

賃貸住宅が貧弱なため持ち家世帯が多く、中古住宅市場も発展していないためずっと同じ場所に住み続ける世帯が多い。このように住宅の所有を通じて人が地域と強く結びつくことでそれぞれの地域ごとの個別的な利益の主張が強まる。さらに地方議会の選挙制度である「大選挙区・単記非移譲式投票」はそういった住宅の所有を基礎とする地域の個別的な利益の主張を助長するのである。

地方議員は、大選挙区・単記非移譲式投票と呼ばれる、一人一票で多くの得票を得た候補者から順番に当選していく選挙制度で選ばれる。この制度は、①候補者個人に対して投票が行われ、②当選の敷居が極めて低くなるという特徴を持ち、結果として極めて限定された住民からの支持による当選が可能になる。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.134

長期的視野に立つ全体の民意を踏まえた行動*1よりも、自分を当選させてくれた住民に対する個別的な利益につながるような行動を優先するインセンティブが働くことになる。

どの程度の支持で当選できるかといえば、人口10万人程度の市であっても、おおよそ1000票程度で十分であり、候補者にとっての問題はこれをどう固めるか、ということに尽きる。多くの場合、候補者は特定の地域や団体と結びつき、自分たちを当選させてくれた住民に対する個別的利益の提供を優先するインセンティブを持つようになる。 
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.134

経済成長は止まり人口減少が進む中、コンパクトシティしかり都市の再編が重要になってくる。しかし特定地域や団体の個別的利益が地方議員を通じて自治体の政策に反映されると現状維持が優先される。将来を見据えた都市の再編には強い反発がもたらされるのである。

まとめ

持続可能な住宅制度をつくるために賃貸住宅と中古住宅の取引費用を下げることが重要だ。

ある「制度」のもとで、人々の特定の行動を合理的なものとしてきた条件が変われば、その行動がとられにくくなり、結果として「制度」の自己拘束性が弱まるということである。言い換えると、新築住宅を購入するという住宅をめぐる選択が、他と比較して必ずしも望ましいものではなくなり、単に好みの問題となれば、「制度」が変化する可能性が大きくなるということである。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.222

*1:その時点では都市の外に住む人々(=将来の住民)に対するものも含めて広く薄く利益を追求していこうという視点