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中古住宅と賃貸住宅の取引費用

持続可能な住宅制度をつくるためには中古住宅と賃貸住宅の取引費用を下げることが重要だ。(参考:持続可能な住宅制度はつくれるか?

取引費用とは

総務省による令和元年版情報通信白書には取引費用とは何か、新しい洗濯機を購入するという例をもとに詳しく書かれている。洗濯機を購入すると一言で言っても、それに付随して様々な手間が発生するのである。

①どの洗濯機が良いかを調べるためのコスト
②欲しい洗濯機がどこで売っているかを調べるコスト
③価格の安さやアフターサービスの良さ等を踏まえてどこで買うのが良いかを調べるコスト
④店に出向くコスト
⑤店員と価格や条件を交渉するコスト
⑥新しい洗濯機が届くかどうか確認するコスト

取引費用とは?(出典:令和元年版情報通信白書>第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety5.0>第1節 デジタル経済の特質は何か>(3)3つ目のキーワード:取引費用

まとめると相手を探すコスト(①〜③)相手と交渉するコスト(④〜⑤)相手との取り決めを執行するコスト(⑥)だ。

令和元年版情報通信白書ではECサイトやネットオークションなどICTサービスを活用することで、これらの取引費用を限りなく下げることができるとしている。物やサービスの需要側から見るとスマホやパソコン、タブレットなどのICT機器をある程度使いこなせること、供給側から見るとECサイトなどオンライン上にあらゆる情報が公開されていることが重要だ。

住宅における取引費用とは

では住宅における取引費用とは何か。住宅を買う側借りる側、売る側貸す側それぞれの立場で違いがある。

取引費用とは、経済的な取引が行われるための情報収集や、取引の履行、権利の保護などにかかる費用のことである。住宅については、たとえば購入の際に物件が大きな不具合を抱えていないかを調べる費用が考えられるし、住宅を売ったり貸したりする側からは、買い手が約束した金額を払わなくなるリスクなども費用となりうる。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.20

現在の日本の住宅制度において住宅を買う側と借りる側であれば買う側、売る側と貸す側であれば貸す側の方が取引費用が高いことは「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」で指摘されている。住宅を買う側と貸す側の取引費用とはどのようなものがあるだろうか。

住宅を買う側の取引費用

住宅を買う側の代表的な取引費用を挙げる。

①住宅の性能や品質を調べるコスト
②住宅の販売価格が妥当なのかどうか調べるコスト
③ご近所にどんな人が住んでいるか調べるコスト
④近隣の環境*1を調べるコスト
⑤売り手や不動産屋と交渉・連絡調整*2するコスト
⑥売買に伴う所有権等の権利の移転にかかる登記手続きのコスト

この中で①〜④が相手を探すコストである。新築住宅と違い中古住宅の場合①〜②は高くなる(③〜④は同条件)。中古住宅の性能や質、それに裏付けられた販売価格がつけられているのかを正確に把握できれば問題はない。

中古住宅の流通には、買い手側にとって、住宅に深刻な欠陥がないと判断できるような情報が提供されることが重要であり、そのような情報を取得するために取引費用がかかる。そこで必要な情報とは、端的に住宅の質に応じた価格である。買い手は、売り手の提示する価格が住宅の質に見合わない不当なものだとわかっていれば、当然購入を控える。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.43

しかし、現状では中古住宅における①〜②のコストはとても高い。そのため中古住宅は買い控えられ、売り手側にとっても良質な中古住宅を供給するインセンティブが削がれる。その結果、中古住宅市場はなかなか成長しないのである。

しかし、もしそれが簡単にはわからないとなると、高い費用を払って質の悪いものを入手することになりかねない。価格に見合わないものが市場に混じっていて、しかもその質を判断するためには高い取引費用がかかるとすれば、買い手は購入を控えるようになる。質の悪い住宅のせいで平均的な価格が低くなってくると、売り手側から見ても良質な住宅が妥当な価格で売れなくなり、結局中古住宅の市場が成り立ちにくくなるのである。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.43-44

国土交通省のウェブサイトには「既存住宅・リフォーム市場の活性化に向けた取組み」が公開されているがここ数年は目立った更新がなされていない。一方で、NPO法人日本ホームインスペクターズ協会など民間の動きは活発である。

住宅を貸す側の取引費用

住宅を貸す側の代表的な取引費用を挙げる。

①借り手を探すコスト
②家賃を毎月しっかり払ってくれる借り手かどうか見極めるコスト
③貸した部屋を荒っぽく使って傷められてしまうリスク
④借り手が近隣トラブルを起こすリスク
⑤借り手が居座るリスク
⑥家賃の値上げができなくなるリスク
⑦借り手や不動産屋と交渉・連絡調整するコスト
⑧家賃が毎月払われるか確認するコスト

相手を探すコストが①〜⑥と圧倒的に多い。賃貸住宅の場合、貸し手は借り手との取引関係が継続的になることから様々な取引費用が発生する。そのため賃貸住宅の規模が大きくなるほどリスクは高まる。

賃貸住宅を考えるうえで重要な点は、取引費用が住宅規模の拡大によって大きくなると考えられることである。同じ土地に住宅を作るとすれば、当然小さい住宅よりも大きな住宅の方が高くつく。そのため大きい住宅の方が、空室になったときや借り手がきちんと家賃を払ってくれないときの損失は大きいし、傷みが酷くなったときの修理にかかる貸し手の負担も大きくなってしまう。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.23-24

そのため、なるべく規模が小さくあまり資金をかける必要がない(そこまで質が高くない)賃貸住宅を供給するということが合理的な選択となってしまうのである。 

同じ土地に複数の部屋を持つ同じ大きさのアパートを建設することを考えてみると、部屋の規模を大きくすれば一部屋あたりにかかる建設費用が高くなるだけでなく、戸数が少なくなるために一部屋の空室や損傷が貸し手に与える負担が大きくなることが予想される。
「新築がお好きですか?〜日本における住宅と政治〜」P.24

賃貸住宅の平均面積を国際比較してみると東京42.3㎡、ニューヨーク75.1㎡、ロンドン84.4㎡、パリ71.4㎡と、東京の賃貸住宅の小ささが際立っているのである*3。これは賃貸住宅経営の取引費用の高さが要因の一つである。

不動産テックは取引費用を下げるか?

中古住宅と賃貸住宅の取引費用を下げる有力な手段として不動産テックに注目している。スマホやSNSが普及したように、不動産とICTを掛け合わせたサービスやプロダクトが今後ますます当たり前になっていくに違いない。

中古住宅の取引費用を下げる手段としては、中古住宅の性能や質、価格に関する情報をデータとして記録・蓄積し誰でもアクセスできる状態として公開することが重要だ。(参考:不動産データの整備・共有・オープン化。その最前線を追う

賃貸住宅の取引費用を下げる手段としては、内見予約をウェブ上でできるようにしたり賃貸管理業務のデジタル化はどんどん進める必要がある。しかし根本的には借り手保護の法律のアップデートが必要など、課題は多い。

*1:浸水エリアかどうか、地震に強い地盤かどうか、空き地に新しくビルが建つ計画があるかどうかなど。

*2:住宅ローンを組む場合は金融機関とのやりとりも発生する。

*3:愛ある賃貸住宅を求めて:NYC, London, Paris & TOKYO 賃貸住宅生活実態調査