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空き家を利活用して新しい価値をつくる

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戦前の長屋が続々とリノベーションされている京島を歩いてきた

下町人情キラキラ橘商店街の入口

下町人情キラキラ橘商店街の入口

「東京人」2021年12月号の空き家利活用特集で取り上げられているまちを実際に歩いてみよう特集・第4弾は京島です。

戦前の古い長屋が今も残る

墨田区京島は戦災を奇跡的に免がれたことで戦前の古い長屋やレトロな建物が今も残り、細い路地や緩やかにカーブした道が多いまち*1です(参考:佳景探訪 - 京島 (東京都墨田区))。押上駅から北東に歩くこと約15分、段々と京島のまちに入ってくると古い建物が目立つようになってきます。

和菓子やおにぎりが美味しそうな「伊勢屋」

和菓子やおにぎりが美味しそうな「伊勢屋」

明治通りに入りコンビニを過ぎると見えてくる立派な長屋が建てられたのは約80年前です。美術家・カメラマンでボードゲームコレクターでもある住中浩史さんが同好の仲間の皆さんとリノベーションして2020年12月にオープンしたボードゲームカフェ「ミリオンパーセント」が営業中でした。

長屋の佇まいが今も残る京島

長屋の佇まいが今も残る京島

その隣はメキシコ出身の建築家であるラファエル・バルボアさんのオフィス「STUDIO WASABI ARCHITECTURE」の一角のフリースペース「UNTITLED SPACE」です。

私はパブリックとプライベートスペースの役割に興味があって、週末にギャラリーとして使ったり、卓球台を置いたりして、仕事場を開放しているんです。今後はさまざまなクリエイターとのコラボレーションにも挑戦してみたいですね
築100年の長屋のまち「墨田区京島」にクリエイターが集結中! いま面白い東京の下町 | スーモジャーナル - 住まい・暮らしのニュース・コラムサイト

まちに開かれたスペースになっていた

まちに開かれたスペースになっていた

明治通りをさらに南東へ進むと、また立派な長屋が見えてきます。フランス出身のギヨームさんとクロエさんによるワインショップ「アペロ」です。2021年5月にオープンしました。

東京都港区南青山で7年間、ワインバーを営んできた2人。以前から下町のコミュニティに親しみを感じていて、2号店の場所を京島に定めました。
築100年の長屋のまち「墨田区京島」にクリエイターが集結中! いま面白い東京の下町 | スーモジャーナル - 住まい・暮らしのニュース・コラムサイト

京島初のワイン専門店

京島初のワイン専門店

その隣にある「share cafe分館」はホットサンドやお寿司、カレーなどを曜日や時間帯によって変わる店長によって提供しているお店です。

築99年の古民家(2021年現在)

築99年の古民家(2021年現在)

キラキラ橘商店街に入ってまず向かったのが「ハト屋パン店」です。創業は1912(大正元)年。2017年に2代目店主が亡くなり閉店したままになっていましたが、ご近所に住みお客さんとして通っていた紙田和代さんが借地権付き建物を購入し改装や耐震補強をして、2020年11月にリニューアルオープンしました。紙田さんは都市計画コンサルタントのランドブレイン取締役を務めています。

建物の買収と改装、耐震補強にかかった金額は千六百三十万円。色あせて消えかかっていた看板絵も修復し、パンを手にした少女とポチがいきいきと蘇った。
「東京人」2021年12月号P.45

魅力的な店構えの「ハト屋パン店」

魅力的な店構えの「ハト屋パン店」

チャーシューキャベツを買って食べました。柔らかいコッペパンとチャーシュー、キャベツの相性が抜群でした。トートバッグも売っていました。

チャーシューキャベツ¥300

チャーシューキャベツ¥300

京島のまちと人とをつなげる

京島の古い長屋がリノベーションされて新しいコンテンツとして生まれ変わっていく動きの背景には多様なプレーヤーの活躍があります。2008年から長屋文化の継承に取り組んできた後藤大輝さんキラキラ橘商店街事務局、京島に拠点を置くクリエイターたち、の存在です。

長屋など魅力的な空き家を探してクリエイターを京島に連れてくる「まちの案内人」として、後藤さんは京島のまちと人とをつなげる役割を担っています。

13年前から京島で暮らし、アートイベントの開催や空き家の発掘・再生・運営など、あらゆる京島のまちづくりに携わっている後藤さん。ものづくりをする人にとって、着想を得やすい環境や、近くに助け合える人がいることは何よりの財産。京島にそうした可能性を感じたクリエイターらが、徐々に集まるようになりました。古い家屋をDIYでアトリエにしたり、ギャラリー・ショップを開いたりと、動きが広がります。
築100年の長屋のまち「墨田区京島」にクリエイターが集結中! いま面白い東京の下町 | スーモジャーナル - 住まい・暮らしのニュース・コラムサイト

映画作家として活動していた後藤さんは当初、京島を舞台に映画と現実を掛け合わせた映画を撮ろうと考え空き家を探してはオーナーと交渉し、移住する仲間を募って紹介していました。しかし、2018年に京島で象徴的な長屋であった「三十軒長屋」が取り壊されることになり、危機感を抱いた後藤さんは本格的に空き家の利活用に注力されるようになります。

危機感を抱いた後藤さんは、本格的に不動産賃貸事業を展開するために、株式会社として「暇と梅爺」を立ち上げた。老朽化した物件を借り受け、リノベーションして入居者に転貸するのが基本的なスキームだ。
「東京人」2021年12月号P.44

後藤さんが代表取締役を務める「暇と梅爺株式会社」

後藤さんが代表取締役を務める「暇と梅爺株式会社」

商店街をアップデートさせる

キラキラ橘商店街は観光客が賑わう「インバウンド型」でも駅から近くアクセスしやすい「にぎわい型」でもない地元住民への貢献を主眼としている「地域密着型」の商店街です(参考:亀戸【下町人情キラキラ橘商店街】であふれる地域愛に触れる|THE GATE|日本の旅行観光マガジン・観光旅行情報掲載)。1980年代のピーク時には137店もの加盟店がありましたが現在は60店舗強へと半減しているそうです。要因としては店主の高齢化と後継者不足、ライフスタイルの変化と商店街の業態のズレなどが挙げられます。

キラキラ橘商店街事務局の大和和道さんは現代の消費者ニーズに商店街をアップデートさせるため「一般社団法人つながる橘」を立ち上げました。商店街の空き店舗やその土地が売却される前に情報を掴み利活用に向けた働きかけをするための体制を整えています。

オーナーが土地と建物を売ってしまえば、跡地は住宅など店舗以外に用途変更される可能性が少なくない。
「情報さえ掴めれば、対処できる」と考えた大和さんは昨年九月、旧知の紙田さんとともに「一般社団法人つながる橘」を立ち上げた。商店主以外の人たちも巻き込み、エリア全体がよくなるように物件やまちの情報の橋渡しをするプラットフォームだ。
「東京人」2021年12月号P.46

かなり広い敷地が更地になっていた

かなり広い敷地が更地になっていた

20年に及ぶまちとアートとの関係

京島しかり旧向島エリア*2にクリエイターたちが集まるようになったのは、1998年に開催された「向島国際デザインワークショップ」が発端です。

当時は、海外から何十人もの学生や研究者が参加し、この街に実際に住んでいる人たちとコミュニケーションを重ね、まちを10日間ほどリサーチして、最後に成果を発表するような内容だったそうです。
すみだ向島EXPO開催までの変遷|大きな流れの中で、いまやるべきこと | すみだ向島EXPO2021

2000年には「向島博覧会」が開催され、空き地や空き家を会場としたアートプロジェクトによりアーティストを呼び込みました。その後、クリエイターたちが移住するようになっていきました。

それ以降二十年以上にわたり、まちなかで数々のアートイベントが行われ、後藤さんのように長屋のリノベーションを手掛けたり、移住したりするクリエイターが増えていった。
「東京人」2021年12月号P.46

このように旧向島エリアには20年前からアートや建築、まちづくりの要素がありました。そして2018年、前述の三十軒長屋が取り壊される直前に、後藤さんたちはこの長屋を借りて連続シンポジウムやイベントを実施します。

大家さんも決して古いものを遺したくないわけじゃないにせよ、老朽化する長屋の資産運用は難しいもの。だから、取り壊しの準備に入る3ヶ月間を僕らに、これからを考える場として無償で貸してくれたんです。
その場所で様々なイベントを企画させてもらい、シンポジウムを行い、長屋を活かすような提案もさせてもらいましたが改善策を出せないまま取り壊しが実施されて、今は高齢者施設と保育園として新しい建物になっています。
すみだ向島EXPO開催までの変遷|大きな流れの中で、いまやるべきこと | すみだ向島EXPO2021

三十軒長屋は取り壊されてしまいましたが、魅力的な建物の消失をこれ以上続けないために2019年には「向島デザインワークショップ2019」が、2020年からは「すみだ向島EXPO」が開催されていきます。

このままだと、僕らが魅力的だと思っていたものが建物と一緒に暮らしまで、どこにでもあるような街になりかねない。そんな危惧があって、なんとかこの意思を表明し続けないといけないなと思ったんです。
そのために「来年はなにをやる?」といった話が続いていくなかで生まれたのが、向島国際デザインワークショップ2019であり、すみだ向島EXPO2020でした。
すみだ向島EXPO開催までの変遷|大きな流れの中で、いまやるべきこと | すみだ向島EXPO2021

旧向島エリアでは20年をかけて培ってきたまちとのアートとの関係があり、まちの象徴的な長屋の消失をきっかけに再びまちとアートとの関係が強く深くなっているように思います。

元米屋の建物の一角でネパールレストラン「Art & Nepal」が営業中だった

元米屋の建物の一角でネパールレストラン「Art & Nepal」が営業中だった

防災と長屋文化をいかに両立させるか

京島は戦前の長屋しかり古い木造住宅が密集し細い路地が多く残されていることから、地震による建物倒壊や火災の発生による延焼の危険性が高いまちです。東京都が公表している地震に関する地域危険度測定調査(第8回)によると京島の総合危険度の順位は高位とされています。墨田区としても木密不燃化プロジェクト推進事業に取り組んでいて、京島周辺地区は不燃化プロジェクト対象区域に指定されています。

更地に「不燃化促進用地」の看板が立つ

更地に「不燃化促進用地」の看板が立つ

古い木造住宅を解体して道路を拡幅したり、耐震基準を満たした新しい建物を作るのも重要なことです。しかし、まちには一度失ってしまったら取り戻せない有形無形の価値があります。他のまちと同じような再開発をすることで短期的かつ一定のメリットはあります。ただ、人口減少や停滞し続ける経済などを踏まえると、そのまちならではの個性や独自性を磨いているまちこそが生き残っていくでしょう。選ばれるまちとなるために、そのまちが築いてきた文化や歴史、風景はかけがえのない資産であり心強い武器となるはずです。

長屋の土地や建物を寄付してもらい維持していこうという「八島花文化財団」の立ち上げの準備が進んでいます。防災と長屋文化をいかに両立させていくか、京島のまちを今後も注目していきます。

*1:戦災を免れたことに加えて地主、借地人、借家人という三者の権利関係が複雑で、長屋の建て替えがなかなか進まなかったことがある。古い借地借家法では借家人の立場が強く、地主が土地の売却をしたくても立ち退きに応じてくれないことが多く、結果的に昭和の風景が残された(参考:空き家活用で長屋の街が変貌。墨田区京島のこれからが楽しみな理由)。

*2:向島は広域地名として、墨田区の内でかつて向島区であった北部地域に対しても使われることがある。旧向島区は現在の京島、墨田、立花、堤通、東墨田、東向島、文花、八広の全部と押上の一部にほぼ相当する。(参照:向島 (墨田区) - Wikipedia