2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第2章 アメリカ 空き家の発生を抑える不動産流通システム」から、アメリカの住宅市場の現状についてまとめます。著者は一般財団法人不動産適正取引推進機構研究理事兼調査研究部長の小林正典さんです。以下、黒字強調は筆者によります。
- 「持ち家取得=アメリカンドリーム」という価値観は若い世代ほど減少
- 人口・世帯共に増加している中、空き家率は10%前後で推移
- 既存住宅販売戸数、取引価格ともに上昇傾向
- 産業構造の変化と住宅需要の変化
- 貯蓄手段として機能する住宅を支える不動産流通システム
「持ち家取得=アメリカンドリーム」という価値観は若い世代ほど減少
アメリカ国民にとって、住宅を所有すること、がアメリカンドリームの象徴の一つとして捉えられています。連邦政府も基本的には持ち家取得の促進します。しかし2008年のリーマンショック以降、全米で持ち家率が減少しています。
また、「住宅取得により親世代よりも豊かな生活を遅れる」という伝統的なアメリカンドリームを1940年生まれの人たちは約9割が達成可能と思っているのに対し、1980年生まれの人たちは5割にまで減少しています。
翻って日本でも若い世代ほど持ち家率は低くなってることにに加え、以前に比べて持ち家率は下がっています(参照記事)。
≪1 住宅市場の現状>1 消費財でなく貯蓄手段としての住宅≫
- アメリカ国民にとって、住宅はアメリカンドリームを体現するものの一つであり、日本以上に社会的・経済的な意義の大きなものとして捉えられている
- 連邦政府が実施する政策は基本的に持ち家取得の促進
- その政策が財産や投資対象としてより高品質で高価な住宅を生み出す動機を与えてきた
- 一方、近年、全米で一時取得者(新規購入者)の持ち家率が減少している
- 2008年の経済危機以前には50%を上回っていた30〜34歳の人口層の持ち家率は2011年に50%を切り、2018年の第1四半期には46.3%にまで下がっている
- その背景には30代労働者の雇用条件の悪化、学生ローンの債務返済により住宅取得にまで余裕がないこと等が挙げられる
- 「住宅取得により親世代よりも豊かな生活を遅れる」という伝統的なアメリカンドリームは若年層ほど減少し、「衰退するアメリカンドリーム」という表現が広まりつつある*1
≪1 住宅市場の現状>2 住宅ストック数と空き家率≫
- クリントン政権・ブッシュ政権下では持ち家政策が一層促進され、2004年の持ち家率は全米平均で69.0%という水準に達した
- しかしながら、住宅バブルによる問題が顕在化して以降は急速に低下し、オバマ政権・トランプ政権でも同様の政策を展開しているものの依然として低下し続けており、2017年は63.9%となっている
- ハーバード大学住宅調査共同センターによる持ち家率長期予測研究結果によると、現在の64%前後から2035年には60.7%へ落ち込むと推計されている
人口・世帯共に増加している中、空き家率は10%前後で推移
アメリカではここ10年間で年平均で100万人を超える合法的な移民の受け入れ、自然増により年平均260万人という規模で人口増加しています。金融危機を背景とした住宅バブルの崩壊、住宅価格の高騰により2009年には空き家率が10.9パーセントまで上昇しましたが、その後は減少し10%前後を推移しています。
≪1 住宅市場の現状>2 住宅ストック数と空き家率≫
- 全米の総住宅ストック戸数は総世帯数の増加に対応して増え続けており、2010年のセンサス調査では1億3680万戸と公表されており、全米の平均空き家率は10%前後で推移している
- 過去10年間の移民統計や人口統計を見ると、年平均で100万人を超える水準で合法的な移民を受け入れ、自然増を含めると年平均で約260万人という規模の人口が増加しており、住宅需要の拡大を促している
- また、90年代を通じて住宅市場における空き家率(戸建ておよび民間賃貸住宅の空き家率)は拡大傾向で推移していたが、サブプライムローン等による金融危機を背景とした住宅バブルの崩壊、住宅価格の高騰により、2009年に10.9%にまで達した後は減少傾向となり、2017年には9.6%となっている
- その要因としては、雇用市場の改善とともに2010年に一挙に534万人、2011年には608万人もの海外からの短・中期の滞在者が流入したこと、短・中期の賃貸契約や住み替えのための既存住宅に対する需要が拡大したことが挙げられる
- このように、人口の自然増と移民の流入、そして国民に定着した根強い住宅に対する潜在需要がアメリカの住宅市場を支えている
既存住宅販売戸数、取引価格ともに上昇傾向
住宅バブルの崩壊以後、新設住宅着工戸数は急速に減少しましたがここ6、7年は増加傾向です。新設住宅着工の割合では集合住宅のシェアが高まっています。背景には持ち家思考の低下により賃貸共同住宅の建設需要が上昇傾向あるなどの理由があります。
そして既存住宅の販売戸数もここ6、7年で緩やかに上昇傾向です。さらに取引価格も後述するように不動産流通システムがしっかり整備されているため、同じように上昇傾向にあります。
≪1 住宅市場の現状>3 新築住宅と既存住宅の販売状況≫
- アメリカの新設住宅着工戸数は2005年に1972年のピークの235.6万戸に次ぐ206.8万戸という水準まで上昇したが、その後の住宅バブルの崩壊により急速に減少し、2009年には55.4万戸にまで落ち込んだ
- 民間住宅の新規供給戸数は2006年の165万戸をピークとして2011年に44.6万戸まで減少しているが改善基調にあり、2017年の実績は79.5万戸となっている
- 新設住宅の供給戸数が回復している背景には、集合住宅のシェアが高まっていることが挙げられる
- 住宅バブルの崩壊により持ち家志向が低下した一方、賃貸共同住宅の建設需要は上昇傾向にあることに加え、底値感および品薄感が強まっていたコンドミニアムに対する投資家の需要が回復の兆しを見せており、全体として集合住宅の供給比率は増加している
- 既存住宅の販売戸数は、2008年に年間412万戸にまで低迷した後、緩やかに上昇し、2016年に545万戸、2017年には551万戸にまで増加しており、年間700万戸レベルのピーク時には程遠いものの回復基調がうかがえる
- 取引価格に関しては、リモデリングされた建物に対する評価方法が普及していることもあり、従来から上昇傾向にある
産業構造の変化と住宅需要の変化
西海岸のテクノロジー産業が集中している都市にはIT産業就業者がたくさん集まり、住宅価格、生活費が高騰しています。一方で一次産業や重工業で栄えた都市では反対の状況となっています。
例えばデトロイトは自動車産業の衰退で工場が撤退して人口が一気に減り、空き家率約30パーセントという状況になりました(参照記事)。GAFAといったアメリカの大手IT企業の台頭は経済の流れを変えました。
≪1 住宅市場の現状>1 消費財でなく貯蓄手段としての住宅≫
- 一部の州で空き家率が上昇している状況に加え、テクノロジー産業の集積等により価格高騰が続く地域とまったく反対の状況に直面する地域との市場の二極化も進行している
≪1 住宅市場の現状>4 IT産業都市を中心とした不動産価格の高騰≫
- 現在、全米各地の売り物件不足を解消するため、730万戸の住宅が必要であると言われる*2
- 特にサンフランシスコ等の西海岸エリアの諸都市にテクノロジー産業が集中しており、IT産業就業者の多くが他の都市に転居し始めている
- ここ数年間でIT産業都市として発展を遂げているのが、ソルトレークシティ、デンバー、アトランタ、ポートランド、シアトル、オースティン、ミネアポリス、ラーレイ、ピッツバーグ、シカゴ等で、これらの都市では住宅価格および生活費の高騰が著しく、一次産業や重工業地域として栄えた他地域との都市間格差が広がっている
- 近年の住宅価格の高騰を背景として持ち家志向が低下するなか、賃貸物件の不足が依然として続いているものの、新規供給も追いついておらず、全米の賃貸アパート入居率は約95%と算定されている
- また、全米4400万戸の賃貸物件のうち35%を戸建て賃貸住宅が占めているが、この割合が増加している
- この背景には若者世代が住宅を所有できない状況がある
貯蓄手段として機能する住宅を支える不動産流通システム
アメリカでは住み替えが頻繁に行われます。ライフステージに応じて最適に住宅は変わっていきます。しっかりと維持管理すればその分だけ資産価値は高まる、つまり建物評価が適正に行われる体制が整備されていることが日本との大きな違いです。
そのため改修や維持、補修を積極的に行う。そうして投資した住宅はそれに見合った価格で売れるので頻繁な住み替えが可能となる。耐久消費財ではなく貯蓄手段として機能する住宅を支える不動産流通システムが1990年代以降に確立されました。
この不動産流通システムについては次回記事でまとめます。
≪1 住宅市場の現状>1 消費財でなく貯蓄手段としての住宅≫
- アメリカの住宅市場では住宅や居住地域などが多様な所得水準や社会階層に対応しており、所得や地位の向上に合わせて住み替えが頻繁に行われる
- 1990年代以降にそのような状況を支える不動産流通システムが確立された
- それゆえ住宅は耐久消費財ではなく重要な貯蓄手段として位置付けられており、しっかりと維持・管理された住宅はその内容に応じて高価格で売却できる建物評価手法が普及しているため、リモデリング(増改築による改修と物的劣化を防ぐための維持・補修)が活発に行われている
- その結果、消費者の間では、新築住宅にこだわらず、既存住宅をリモデリングし、住宅の価値を高めながら住み替えを続けていくライフスタイルが定着している