リバプール市の空き家対策
2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第5章 イギリス 行政主導で空き家を市場に戻す」から、イギリス産業革命の中核を担った港湾都市・リバプール市の空き家対策についてまとめます。著者は獨協大学経済学部教授の倉橋透さんです。以下、黒字強調は筆者によります。
人口増加し続けるも、主要産業の衰退、貧困を抱える
リバプール市は人口約50万人、過去10年間に渡って増加し続けています。一方で、リバプール市のかつての主要産業であった砂糖産業や海運業は衰退、イングランドの他の大都市に比べて貧困地区も多い状況です。
≪4 リバプール市の空き家を市場に戻す対策>1 人口と貧困度≫
- リバプール市の人口は、国家統計局による推計で49万1500人(2017年)
- 過去10年間、人口は一貫して増加している
- 人種的には白人のイギリス人およびアイルランド人が86.2%を占め(2011年の推計)、イングランド・ウェールズ全体と比較して高い
- 次に貧困の状況を見ると、イングランドでは、約1500人で区切った地区の貧困度を、イングランド全土と比較して下位1%、下位10%に入る地区がどれだけあるか、その割合などで計る
- リバプール市では、下位1%に入る地区が市全体の8.6%、下位10%に入る地区が45%と、イングランドの他の大都市に比べ際立って高い*1
- すなわち、リバプール市には貧困地区が多数存在している
- これは、リバプールの主要産業であった砂糖産業や海運業が衰退し、イングランドの繁栄の中心が金融業やサービス業に依拠するロンドンや南東部にシフトしたことによる
社会的貧困、不人気・低質な住宅が空き家の原因に
リバプール市の空き家の状況は、空き家率は低下、空き家戸数は減少していますが、イングランド全体から見ると相対的には高い水準です。空き家の原因としては、社会的貧困、不人気・低質な住宅の存在があります。
≪4 リバプール市の空き家を市場に戻す対策>2 空き家の状況≫
- リバプール市の空き家率は2009年の5.9%から2016年の4.3%へ、長期空き家率は2009年の3.1%から2016年の1.6%に大きく低下している
- また、空き家戸数は2009年の1万2392戸から2016年の3449戸へと戸数ベースでも大きく減少している
- ただし、イングランド全体の長期空き家率は2016年に0.8%であることを考えれば、相対的には高い水準
- これらの空き家の原因として、深刻な社会的貧困、不人気な住宅や低質な住宅の存在が挙げられる
- したがって、空き家問題の解決策として、単に空き家のリノベーションをするだけでなく、減築することも必要
- また、こうした個々の建築物を対象とする施策にとどまらず、ブロック全体で低質な住宅を除却し高質な住宅に置き換える地区単位の施策が必要になる
- さらには、貧困や地区の衰退問題そのものを解決するにはハードを対象にした施策だけでなく、雇用の創出や若い世代の流入を図るソフト面の施策も必要
「1ポンド住宅」の成功
リバプール市の空き家を市場に戻す対策として「1ポンド住宅」があります。1ポンドは約150円。この価格で希望者に空き家を売却します。ただし、購入者は自らの負担で改修して居住することになります。市が買い上げた住宅20戸全てに入居があります。
≪4 リバプール市の空き家を市場に戻す対策>3 空き家対策≫
- リバプール市は「長期の空き家を減らすこと」を公約にしている
≪4 リバプール市の空き家を市場に戻す対策>3 空き家対策>(1) 民間賃貸住宅の家主の登録制≫
- リバプール市のホームページによれば、空き家率が高い地区と民間賃貸住宅が集中する地区とは相関が認められる
- そのため、家主を登録制にすることで、民間賃貸住宅の水準を向上させる狙いがある
≪4 リバプール市の空き家を市場に戻す対策>3 空き家対策>(2) 1ポンド住宅(Homes for a Pound)≫
- 希望する者に1ポンド(約150円)で空き家を売却し、購入者は空き家を自らの負担で改修して居住する
- ①1ポンド住宅
- 市が買い上げた住宅20戸を要件に見合う者に1ポンドで売却する
- 2013年4月の募集時の購入者の条件は、リバプールに在住または在勤していること、住宅を初めて購入する者であること、有職者であること
- この制度で購入した者は最低5年間はその住宅に居住しなければならず、またその住宅を賃貸してはいけない
- 20戸すベてが入居している
- 効果としては、長期空き家に民間投資を引き入れたこと、その地域で行われている他の都市再生プログラムを補完したこと、住宅ローンの貸し出し条件により住宅市場から排除されていた人々に住宅所有の道を開いたことが挙げられる
- このパイロットプロジェクトの成功で、法律手続き等その後の展開のモデルができた
- ②1ポンド住宅プラス
- 1ポンド住宅の成功を受けて、その拡張を図る形で計画された
- ピクトン地域の自治体所有の空き家150戸を対象としている
- 特に状態の悪いものは、1ポンド住宅プラスの対象とするため、躯体の補修工事に着手する
- 自己資金で改修できない応募者に金融的な支援をする制度を設ける
- 2015年8月に見学会を開催し、2500を超える応募があった
- 2016年9月に最初の住宅が引き継がれた
- 現在(2018年4月)の進捗状況は以下の通り
- 工事が完了したもの……15件
- 工事中……25件
- 法律的な手続きが完了しつつある……20件
- 募集中の住宅……8件
- さまざまな空き家対策が実施されてきたリバプール市では、2017年、市長が「2018年からの3年間でさらに3000戸の空き家を利用状態に戻す」という新たな目標を設定した
イングランドでは人口が増加している、地方自治体税における空き家の重課制度、空き家管理命令など政府の強制力が強いことなど、いくつかの前提条件は違いますが、日本が学ぶべき取組は多いです。
*1:住宅・コミュニティ・地方政府省「イングランドの貧困指標2015」