2018年9月に刊行された「世界の空き家対策」の「第5章 イギリス 行政主導で空き家を市場に戻す」から、イギリスによる強制力を伴う空き家対策についてまとめます。著者は獨協大学経済学部教授の倉橋透さんです。以下、黒字強調は筆者によります。
強制力を伴う空き家対策が充実しているイギリス
イギリスでは政権交代の度に空き家対策の予算が削られらながらも、強制力を伴う空き家対策は健在です。危険または荒廃した建物または構造物などに対する改良を義務付けることや空き家に対する地方自治体税の重課、空き家の所有権はそのままで利用権だけ自治体が収用する空き家管理命令など、行政が介入するアプローチがたくさんあります。
≪3 強制力を伴う空き家対策≫
- イギリスでは、2010年までは労働党政権、2010〜15年まで保守党と自由民主党の連立政権、2015年以降は保守党の単独政権と、政権交代の度に空き家対策の予算が削られてきた
≪3 強制力を伴う空き家対策>1 空き家を改良する法的強制力の付与≫
- イングランドの自治体には、次の空き家等を改良することについて法的な強制力が付与されている
- 危険または荒廃した建物または構造物
- セキュリティに問題のある不動産
- つまっている、または問題のある排水設備または民間下水
- 害虫を発生させる不動産
- 地域のアメニティに影響を与えている景観上問題のある土地・家屋
≪3 強制力を伴う空き家対策>2 空き家プログラム(空き家を中堅所得者向け住宅に転用、連立政権下の施策)≫
- 「空き家プログラム(Empty Homes Programme)」は、アフォーダブル住宅プログラムの一部であり、空き家の再利用のための資金を別立てで準備した点で特色がある
- イギリス政府は、2012年12月時点ですでに1万1200戸の空き家を利用状態に戻すための1.6億ポンド(約240億円)のプログラムを用意している
- このうち、1億ポンド(約150億円)は、2015年までに7千戸超の空き家をアフォーダブル住宅として利用できるようにするために、住宅協会等登録された民間の供給者やコミュニティ団体に割り当てられた
- 残りの6千万ポンド(約90億円)は、住宅需要が少なく空き家が集中している地区の自治体に割り当てられた
- 以上の資金に対し、住宅協会をはじめとする登録された民間の供給者などが事業計画等を示して応募する
- 住宅需要の強い地域では、商業用不動産を用途変更して住宅を供給する取り組みも政府は推奨している
- 商店やオフィスなどの空いている商業用不動産を、アフォーダブル住宅に転換するための具体的な手続きは次の通り
- ①空き家を事業者が家主から借りてまたは購入して修繕し、アフォーダブル住宅に入居する世帯に、市場家賃の80%までの家賃で賃貸する。借りた場合は、借用期間が終了した際に、住宅は元の家主に返還される
- ②住宅を必要としているが、支援なしに住宅を購入することができない人々と事業者が共有することによって住宅を購入することを支援する。購入者は当初25〜75%の範囲で持分を持つ。最終的には購入者は住宅全体を購入することができる
- 空き家プログラムは、2015年3月に終了し、「アフォーダブル住宅プログラム2015-2018」に引き継がれた
- しかし、エンプティ・ホームズは、空き家プログラムの終了とともに、政府の支援を受けた空き家再利用のための投資が大きく落ち込んでおり、空き家プログラムの復活を提言している
≪3 強制力を伴う空き家対策>3 空き家に対する地方自治体税の重課(カウンシルタックス・プレミアムまたはエンプティホームズ・プレミアム)≫
- 2013年4月1日から、自治体は長期の空き家に対し、地方自治体税を重課することもできるようになった*1
- すなわち、2年以上占有されておらず、家具もほとんどない住宅には、通常の地方自治体税の150%まで課税することができる
- 重課制度を自治体として導入するか、どの住宅に課税するかは自治体の裁量
- 2017年に重課の対象となっているのは6万898戸、うち50%割増(最大の課税)となっているものが6万514戸
- なお、2018年4月現在、重課の上限を50%から100%に引き上げる法案が議会下院で審議中であり、今後の動向が注目される
≪3 強制力を伴う空き家対策>4 空き家管理命令≫
- 「空き家管理命令」は、民間の空き家を利用状態に戻すことを目標にした、自治体の裁量的な権力*2
- 2004年住宅法では、特定の期間空き家であった住宅資産の管理を自治体が引き継ぐ条項を設けた
- 空き家管理命令とは、他に手段がない場合に、空き家の所有権はそのままにして利用権だけ自治体が収用する、強力な権力行使
- 当初、労働党政権下では空き家であった期間6ヵ月で制定されたが、保守党・自由民主党連立政権下で2年に延長された
- 管理命令に進む前に、自治体は家主が任意で空き家を利用状態に戻すように、インセンティブの提供を申し出る必要がある
- 具体的には、補助金や融資の申し出、法律や税金のアドバイス、不動産を賃貸・売却する際の支援、都市計画や建築規制の適用に際しての支援など
- 自治体は空き家管理命令の発令にあたり、第三者機関である住宅審判所の承認を得なければならない
- 「近い将来に利用状態になる見込みがないこと」「管理命令が適用されれば、利用状態になる合理的な見込みがあること」等の要件に当てはまる場合、自治体は住宅審判所に申請することになる
- なお、自治体によるこれまでの空き家管理命令の件数は、空き家管理命令が最後の手段であることを反映してわずかなものになっている
≪3 強制力を伴う空き家対策>5 強制売却と強制収用≫
- 自治体が空き家を改良する強制力を用いても、所有者が空き家を自ら利用したり他人に利用させない場合、自治体は改良工事に要した費用があればその負担を所有者に求める手続きを行う
- 自治体による強制売却手続きのもとで、不動産は市場で売却される
- イングランドでは、財産の強制収用自体は以前からあるが、2004年の計画・強制収用法によって空き家の再利用にも適用されるようになった
- 強制収用の目的は、空き家や低利用の資産を購入し、利用状態に戻すことであり、所有者が協力を拒否したり、所有者の協力を得ることに失敗した場合の最後の手段と考えられている
≪3 強制力を伴う空き家対策>6 空き家ネットワーク(自治体担当者等が参加するネットワーク組織)≫
- 自治体職員や、都市再生に取り組む民間事業者など空き家の再利用に携わる人々で構成される団体