山手線の外側に数多く残る木賃アパート
戦後の高度経済成長期を通して、都市への大量の人口流入を背景に大量に建設された木造賃貸アパート(以下、木賃アパート)。4畳半や6畳一間といった狭い間取り、畳や土壁、共用部の中廊下の板張り床などなど、平成もあと数年で終わる今から考えると、非常に昭和ノスタルジーを感じます。どれくらいの数かというと、総務省が行った平成25年住宅・土地統計調査によると、東京都の住宅総数6,472,600戸に対し、木造の民営借家は594,400戸(9%)です*1。谷根千エリアや京島地区、京浜地帯、高円寺などの中央線沿いエリアなど、都心から少し離れた山手線の外側の周縁に木賃アパートが数多く残っていて、「木賃ベルト」と呼ばれています。
(画像引用元:CONCEPT/モクチン企画/MOKU-CHIN KIKAKU)山手線の外側、環状七号線に沿うように分布している木賃アパート群。
木賃アパートを「モクチンレシピ」でアップグレードする
木賃アパートといえば、1981年以前の旧耐震基準で建設されたものが多く耐震性に課題がある、しかも狭い、汚い、暗い、寒いなどネガティブなイメージが多いと思います。しかし、既にそこにある、大量に点在しているという条件に着目し、木賃アパートの状態を好転させることで社会的インパクトを与えようと取り組んでいる団体があります。その名はNPO法人モクチン企画(以下、モクチン企画)。モクチン企画が提供するサービスの軸がモクチンレシピという、木賃アパートを改修するための部分的かつ汎用性のあるアイデアをウェブ上で公開したオープンソースのデザインツール*2です。幾つかのレシピを組み合わせることで木賃アパートを改修し、住宅としての価値を上げます。「耐震壁ベンチ」や「くりぬき土間」など、今後30年以内に70%程度の確率で起こるとされる首都直下地震への対応が迫られる中、耐震性向上に関するレシピもあります。木賃ベルトにある木賃アパートの可能性を広げ、新しい人と人とのつながりを生み出し、多様な都市の魅力を向上させる取組です。
(画像引用元:CONCEPT/モクチン企画/MOKU-CHIN KIKAKU)デザイン性と実用性に優れたモクチンレシピの数々は、見ていて楽しくなります。
木賃ベルト≒木造住宅密集地域(木密地域)
一方で木賃ベルト一体は、東京都から見ると首都直下地震に備えるために耐震化・不燃化を急ピッチで進めなくてはならないエリアである木造住宅密集地域(木密地域)に当たります。首都直下地震による東京都の被害想定によると、区部の木造密集地域を中心に、建物倒壊や地震火災の被害が発生するとされています。
(画像引用元:防災都市づくり推進計画(改定)(平成28年3月) | 東京都都市整備局)木賃ベルトとほぼ被っている木密地域。
東京都は燃えない・倒れない建物への建て替え、延焼を抑制する道路の整備、無電柱化などの対策を進めています。首都直下地震を想定したシミュレーション動画が公開されていますので貼っておきます。これを見ると耐震性や不燃性の重要性が伝わってきます。
首都被災CG~知事からのビデオメッセージ~ - YouTube
建替ではなく改修という選択肢
東京都の首都直下地震対策は木造住宅を除却し建て替えるという手法です。一方で今そこにある既存ストックを活用・再生しようというのがモクチン企画のやり方。老朽化して本当に手の施しようがない木造住宅もあるでしょう。もはや所有者がわからなくていつまでも放置されている建物って、ちらほら見ますよね。しかし、中にはモクチンレシピのようなアイデアの結晶みたいなツールを使うことで、家賃が上がって入居者が殺到したり、住民同士の新しい交流が生まれたり、まちのランドマークになったりと、思ってもみない効用が発生します。既存のストックを否定するのではなく、当たり前のものだと受け入れ、別のやり方で再編集して新しい価値をつくる、木賃アパートをハッキングするモクチンレシピ、今後もますます期待です。
システム全体の刷新ではなく、既存の社会システムを、まずは所与のものと認めたうえで、まさにハッカーがそうであるように、そのシステムの一部を別のシステムで書き換えるようにして、方向転換を図る。それがモクチンレシピでやろうとしてきたことです。
(画像引用元:モクチンメソッド-都市を変える木賃アパート改修戦略P.111)木賃アパートの改修レシピをオープンソース化することで社会へのインパクトを与える、まさにその手法はソーシャルビジネス。
モクチンメソッド: 都市を変える木賃アパート改修戦略 モクチン企画,連 勇太朗,川瀬 英嗣 学芸出版社 2017-07-12 売り上げランキング : 20738
|
*1:平成25年住宅・土地統計調査>確報集計>都道府県編(都道府県・市区町村>13東京都>3住宅の種類(2区分),住宅の所有の関係(6区分),建築の時期(14区分)別住宅数―都道府県,21大都市